いつかどこかへ 〜日常の中の非日常と非日常の中の日常〜
“なぜ?”はいらない “何か”に心惹かれたら そこからが旅のはじまり
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一年
一年前、ベトナムのある人にメールした。

一年後、ある人から返事が届いた。

久しぶり。元気ですか?
ドキュメンタリーの女優さんの笑顔を見たら、あなたの事を思い出しました。


一年前の事だけど、昨日の事の様に内容は覚えていた。

こんな偶然に、自分は日本に居るのと同じように、ベトナムに存在してても良いんじゃないかと思った。


今年はある意味で節目。
振り出しのベトナムから始めて、そこから旅立つ様な旅をしよう。

自分にとってベトナムという場所は何かしら起こる場所。

次も何かが起こるのは間違いない。
何が起こっても、素直に受け止めて、当たり前のように受け流せたら、

自分にとっての新しい始まりにたどり着けるかな?

リゾート
一人旅以外で初めての海外旅行。
今までは一人で行った海外。

何をするにも自分の裁量が全てを決める。
良いも悪いも、自分の感覚。


そういった海外旅行から今回は解き放たれ、楽しむことを前提にした旅行。

一言で言えば、楽。

楽しい上に楽。


一人では感動を共有出来ない事が苦痛なのだが、
誰かが常にいる事で話せる。


旅において重要なのは綺麗な景色、美味しい料理、
ではなく、その先にある人との関わり。


そういった意味では、ひたすらに楽しい旅行だった。


敢えて言うなれば、目的が決められているかどうかが今までと大きく違う。


必ずイベントを起こすように行動する。


自分の一人旅のように目的なくさ迷う様に旅をする事を、
複数人でした場合、どんな結果が待つのかが今は非常に興味深い。

私の一人旅は辛さ60、発見30、楽しさ10といったところなので、
敢えて行く意味など無いのかもしれない。


ただ、普通に旅行してまうと、見逃してしまう事がある。
自分が感じた一番見えなくなる事は、その土地で活きる人そのもの。

目を凝らして、感覚を研ぎ澄ましてやっと微かに見えてくる
その土地に活きる生身の人はそう簡単に姿を見せてはくれない。

臆病な破滅型
車を買いました。

この御時世に車などと言われるかもしれません。

頑張ってコツコツ貯めてきた貯金を叩いて、
綺麗さっぱりすっからかんになりました。


必要な金額が貯まるまではお金の重さに怖れローンなど考えもしなかった私ですが、

いざ貯まってしまうと、有って無かったかの如くお金を扱ってしまう。


一生懸命積み上げてきた積木を組上がったらことごとく崩したくなる。

破滅的衝動で行動する。


ただ、ふと思った事は、破滅的衝動に駆られても、それは安全範囲内での事。

今すぐに路頭に迷う破滅的な行動は出来ない。


自分で自分にとどめは刺せない臆病な破滅型。

人様に迷惑をかけないならもっと破滅的に行動しても良いのかも知れない。





本気と努力と行動
ふと思った事があって、
今までの人生の中で本気になったことがない。
胸を張って努力したと言えることもない。

何となく27年近く過ぎて、ふと周りを見渡すと、何もない。



軽々しく本気だとか、努力してきたとか自分で言う人間は嫌いだが、
謙遜しているわけではない。


本当に何も持ち合わせていない。


真っ白のキャンバスに極めて近い真っ黒な絵。

書いてない綺麗さではなく、書いてこなかったために黒ずんでいる。


自分は一体何処に向かいたいのか?

何を手に入れたいのか?

多分分かっている。
言葉にしてしまうのが怖いだけ。

もう2年も経ったのか
前回ベトナムに行ってからもう2年も経った。

三回行っても、全ての旅がまるで昨日の事のように思い浮かべる事が出来る。


思い出したきっかけは蓮茶。
たまたま沸かしたら、麦茶が無くなってたから蓮茶を入れてみた。

こんな味だっただろうか?
まるで思い出せない。

あれだけ好んで飲んでいた記憶はあるのに、味は覚えていない。


旅する目的は私の場合そこにはないんだなと。

現地の人が暮らすようにそこに居たい。
ただ居るだけ、ちょっと旅行、がベストなんだろうか。


今年はどうするか考えていない。
ベトナムに行けば居場所はあるし、皆に会いたい。

でもなぜか逃げているような気がする。

何かに乗って移動しているだけで満足出来る国を探してみようとふっと思った。





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